2007年09月08日
少将桜
徳川氏三代将軍家光の時、前橋城主は酒井忠清公でありました。
ある、春のうららかな日のことです。お殿様は愛馬を駆って遠乗りに出かけ、途中、慈眼寺にたちよりました。
境内には、みごとな枝垂桜が今を盛りと咲いています。
「なんと見事な花じゃ。まるで、うす紅色の滝が流れおちるのを見ているようじゃ。」
お殿様は、枝垂桜の前にじっとたたずみ、あくことなく、花を愛でておりました。
城へ帰っても、どうしても枝垂桜のことが忘れられません。
「慈眼寺の枝垂桜を、城内に移し植えよ。」
そのころ慈眼寺は、忠清の支配下にあったのですぐに城に、枝垂桜を自分の部屋の前庭に移し植えてしまいました。
「これで来年の春には、心ゆくまで花を楽しむことができる。」
お殿様は、花の咲く日を今日か明日かと待っておりました。
だが枝垂桜は、その春、花を一輪も咲かせませんでした。そればかりではありません。
葉もしだいにしおれ、幹も弱々しくなり、いまにも枯れそうになってしまいました。
腕のいい庭師がよばれ、いろいろ手をつくしましたが、枝垂桜は弱るばかりです。
そんなある日、お殿様が眠っておりますと、夢の中に美しい女があらわれて、はらはらと涙をこぼして泣くのです。あわれに思ったお殿様は、声をかけました。
「なぜ、そのように泣いておるじゃ。」
「はい、わたくしは、枝垂桜の精でございます。住みなれた寺が恋しくて恋しくて、泣いております。」
「おまえは慈眼寺の枝垂桜の精か。そんなに寺が恋しいか。」
「はい。寺へもどりとうございます。どうか、もどらせてください。」
「そうか。枝垂桜が枯れそうなのは、そのためか。それほど恋しい寺から、無理やり連れてきたわしがわるかった。わかった。明日にでもさっそくもどすことにしよう。」
お殿様がこういうと、女はにっこり笑ってていねいに頭を下げ、すうっと消えてしまいました。
「それにしても不思議な夢を見たものよ。」
お殿様は約束通り、枝垂桜を慈眼寺にもどし植えました。すると、どうでしょう。
その日から青々とした葉を広げ、たちまち生命をとりもどし、よくの春には、再び、美しい花を咲かせるようになりました。
それからは誰いうとなく、忠清公の官命侍従少将をとって、この桜のことを、少将桜と呼ぶようになりました。
そして、春がめぐってくるたびに、今でも、美しい花を咲かせつづけています。
ある、春のうららかな日のことです。お殿様は愛馬を駆って遠乗りに出かけ、途中、慈眼寺にたちよりました。
境内には、みごとな枝垂桜が今を盛りと咲いています。
「なんと見事な花じゃ。まるで、うす紅色の滝が流れおちるのを見ているようじゃ。」
お殿様は、枝垂桜の前にじっとたたずみ、あくことなく、花を愛でておりました。
城へ帰っても、どうしても枝垂桜のことが忘れられません。
「慈眼寺の枝垂桜を、城内に移し植えよ。」
そのころ慈眼寺は、忠清の支配下にあったのですぐに城に、枝垂桜を自分の部屋の前庭に移し植えてしまいました。
「これで来年の春には、心ゆくまで花を楽しむことができる。」
お殿様は、花の咲く日を今日か明日かと待っておりました。
だが枝垂桜は、その春、花を一輪も咲かせませんでした。そればかりではありません。
葉もしだいにしおれ、幹も弱々しくなり、いまにも枯れそうになってしまいました。
腕のいい庭師がよばれ、いろいろ手をつくしましたが、枝垂桜は弱るばかりです。
そんなある日、お殿様が眠っておりますと、夢の中に美しい女があらわれて、はらはらと涙をこぼして泣くのです。あわれに思ったお殿様は、声をかけました。
「なぜ、そのように泣いておるじゃ。」
「はい、わたくしは、枝垂桜の精でございます。住みなれた寺が恋しくて恋しくて、泣いております。」
「おまえは慈眼寺の枝垂桜の精か。そんなに寺が恋しいか。」
「はい。寺へもどりとうございます。どうか、もどらせてください。」
「そうか。枝垂桜が枯れそうなのは、そのためか。それほど恋しい寺から、無理やり連れてきたわしがわるかった。わかった。明日にでもさっそくもどすことにしよう。」
お殿様がこういうと、女はにっこり笑ってていねいに頭を下げ、すうっと消えてしまいました。
「それにしても不思議な夢を見たものよ。」
お殿様は約束通り、枝垂桜を慈眼寺にもどし植えました。すると、どうでしょう。
その日から青々とした葉を広げ、たちまち生命をとりもどし、よくの春には、再び、美しい花を咲かせるようになりました。
それからは誰いうとなく、忠清公の官命侍従少将をとって、この桜のことを、少将桜と呼ぶようになりました。
そして、春がめぐってくるたびに、今でも、美しい花を咲かせつづけています。